はじめに

1970年代の末頃、アメリカで、確か「ルーツ」と言う本がベストセラーになり、移民の国アメリカの人達が、 こぞって自分のルーツを求めてヨーロッパ各地へ旅行をしました。その頃、私達夫婦が訪れたスペインでも例外ではなく、 これらのアメリカ人を前にしたスペイン人のガイドは「この品は、かの有名なスペイン人・コロンブスが、 アメリカ大陸を発見する〇百〇十年前に造られたものでーーー。」と得意げに説明し、アメリカからの旅行者は、 皆、神妙な顔をして聞いていたものです。また、「人はどこから来たのか?」との類(たぐい)のテレビ放送が時々流されたり、 国内でも考古学上の発見があれば、現地に愛好者達が押しかけます。人々は、若い時には、あまり過去の事について興味を感じないようですが、 ある年代になると、越し方(こしかた)を考えるようになるのは事実です。

神戸大学も創立から100余年が経ち、名前も神戸高等商業学校・神戸商業大学・ 神戸経済大学・神戸大学と変わり、この間、 我々のオーケストラも、それぞれの時代に、多様な活動を続けてきました。今まで二度にわたり、このオーケストラの歴史を書き残そうとの 試みが行われ(後述)、実行されました。が、残念ながら、それは、ほとんどの方には知られずに、埋もれてきました。

2年程前に、たまたま朝日新聞社から「日本で最古に近い神戸大学のオーケストラの昔を知りたい」との問い合わせがあり、 調べてみると、京都大学には、メッテル先生にちなんだオーケストラ史が出版されていました。が、 神戸大学のオーケストラについては、まとまって書かれたものが無く、改めて残念な思いを感じました。

そこで、今回の私の試みは、長年にわたる、オーケストラの歴史を失わせることなく、次代の方々にも残したい、 またその為の最後の機会ではないかと思い、この冊子を作ることを思い立ちました。そして、何年か後には、オーケストラ創立100年を目指して、 さらに新しい内容が付け加えられ続けられて行くことを願うものです。ただ、作業を始めてみて、痛切に思うのは、 着手するのが余りにも遅すぎたと言うことです。阪神大震災で多くの資料が失われてしまったことが悔やまれます。

当初、この冊子は私一人で「記録集」として書くつもりでしたが、結局、歴代の沢山の団員の方々のご協力を得ることになりました。 そこで、内容も皆様方の生の原稿をそのまま使わせて頂き、当初の考えとは少し違った形になりましたが、この方が親しみやすいものになったと思います。 従いまして、私は著者と言うより編者であったと思い、編・著にしました。ご協力を頂いた会員の方々(特に現役社会人の方)にはご多忙の中、 昔のことを想い出して頂いたり、資料を探し出して頂いたり、大変なご面倒をおかけしました。心よりお礼を申し上げます。 また、貴重な資料と長文のご寄稿を頂いた中島良能氏、校正を手伝って頂いた水垣 健氏、昭和年代の執筆者を督励して頂いた 田中清三郎氏と平成年代全般にわたってご尽力頂いた森 康一氏には、格別のお礼を申し上げます。

なお、内容は出来るだけ各著者の個性を損なわない様、客観的にと心掛けましたが、省略や言い換えした部分があり、 また、自費出版の特権で【私の音楽遍歴】には多少(充分)自慢めいた事を書きましたが、なにとぞ、ご寛容下さい。

*コロンブスは、イタリアのジェノヴァ生まれです。

*1960年に四本喬介・藤原 興・堀 俊男・水垣 健・鳥山 喬・鈴木 肇・野村祐二・長谷川昌治・的野浩子 ・尾上正紀・中嶋良能・倉持建三・宮出文子・中村節子・石村 緑・曽野建三・藤田智恵子・笹井邦彦・石村 緑 ・俵 美恵・宗石美穂・(OB)吉田 昭・岡田和夫・笹井克巳・寺岡秀展の諸氏が作られた
[神戸大学交響楽団・戦後十周年記念誌]と、
1965年に野間雄二・片井宏至・青柳 良・嶋田輝史・大軒 護・平島直子 ・原 久美子の諸氏が作られた
[神戸大学交響楽団・五十周年記念誌]
の存在が、戦前・戦後のオーケストラの姿を 伝えるために欠かせないものでした。沢山の引用をさせて頂き、今になると、故人になられた先輩も多く、 この貴重な資料なしでは、小誌を書き記す事は到底不可能だったと、改めてこれらの諸氏のご労作に敬意を表する次第です。